「しっぽのないシッポさん」のブログ

インド・ネパール旅行記③‐ヒンドゥー教寺院・キリスト教施設などの見学を通して‐


旅行2日目(2012.12.18・火)。

朝食後、ホテルを出発(8:30)。

本研修旅行はインドを仏教の生まれた国として理解することに限定せず、

多様な文化を理解することも含め、

より広義の意味合いで学びを深められるようになっています。

先ず、専用バスで市内を南に20分程度走り、下車。

多くの露店が並んでいる路地をしばらく歩き、

コルカタの守護神としても崇められてる

ヒンドゥー教(Hindusim)のカーリー寺院(The Dakshineswar Kali Temple) に到着しました。

赤い花は、女神カーリーへの捧げもの‐生贄の血の象徴‐

参道でもある路地に出ている露店では、

土産ものだけではなく寺院への捧げものなども並べられていました。

女神カーリー(Kali)※1は「血を好む破壊の神」です。

祈りの場面では

「生贄として山羊を捧げますが、赤い花を持っていく人もいます」という

ガイド氏の説明に、

売られていた花輪の色の意味が見えてきました。

 

 

シヴァ聖堂に囲まれた中庭と9つの尖塔‐山羊が生贄として捧げられる‐

入口で靴を脱ぎ、順路に添って歩いていきます。

「この奥が祭壇です。今朝の生贄の儀式はもう終わったようです。」と言われ、

その場を通り過ぎるだけ済むとホッとしている自分がいました。

また、血の匂いがするのではないかとどこかで怯えてもいましたが、

充満する線香の煙や立ち上る香油が鼻を衝くだけでした。

寺院のなかは撮影厳禁ですので、

画像は外からのものだけです。

 

 

カーリー寺院を出てすぐ隣は、「死を待つ人の家」(1952)※2です。

貧困や病気で死にそうになっている人々を看取るために、

長く放置され荒れ果てていたカーリー教の寺院が

マザー・テレサ(Mother M. Teresa,1910-1997)と

「神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)」のシスター12名によって、

病院としてリニューアルされたものです。

マザ―テレサの墓:キリスト教に則り棺が納められている

ガイド氏の説明では、2名の方が看取られているとのことでしたが、

私の目に入ったのはホースで水が流され床が洗浄されているところでした。

それらの作業を支えている人々の多くは、

世界各国からのボランティアです。

活動にあたっては事前に登録を必要とするものやしないものがあり、

その時々で異なるとのことです。

事前の確認はしておいた方が良さそうです。

 

 

マザー・テレサの棺が安置されているマザー・ハウス(Mother House)へ移動し、

祈りを捧げ、

資料室で彼女の偉業を改めて確認しました。

1979年にノーベル平和賞を、

その翌年1980年には、

インド国民に与えられる最高の栄誉バーラ・ラトナ(Bharat Ratna)賞を受賞しています。

 

白を基調とし宝石と金を多用、また、鏡も多用され寺院内外ともに眩しいほどに装飾されている。

カーリー寺院(ヒンドゥー教)、

死を待つ人の家(キリスト教による福祉施設・病院)の後は、

ジャイナ教(Jainism)※3寺院です。

生き物に対する不殺生や非暴力を徹底して貫く、

アヒンサー(ahimsa)主義の宗教です。

土中の生物を殺してはいけないからと農耕に従事はできませんし、

根菜類はもちろんのこと、卵も食べません。

そのため多くの場合、職業としては商業・金融業に携わることとなります。

 

経済界での成功者が多いということもあってのことでしょうか、

その寄進により、寺院全体が煌びやかな宝石のように見えます。

ガイド氏の説明では、

「清潔な白のワイシャツにアタッシュケースというスタイルの人は、ジャイナ教徒であることが多い」とのことでした。

 

これまで私の身近なところには、

実家の浄土宗、

婚家先の浄土真宗、

初詣やお宮詣りの神道、

子どものころ異文化への憧れから通っていたカトリック教会のキリスト教がありました。

そして、今日、また新たな考え方と実践との出会いです。

人類の誕生とともに心の問題は始まったと言い切ってもいいでしょうが、

その解決のための方法は実にさまざまです。

マザー・テレサがコルカタ市内で「死を待つ人の家」の運営を始めた当初は、

キリスト教徒獲得のためだと誤解されていました。

やがて、その人のもつ宗教を尊重しての実践であると、

インド国内のみなず世界的レベルで理解されるようになり、

今日に至っています。

とかく、我が○○のみ正しいとなりがちな宗教問題も

より普遍的な人類の問題として共有されるならば、

今日の社会にある国際問題も解決の糸口が見いだされることでしょうか…。

 

バールフット仏塔の欄楯(周りを取り囲む縦横の柵)彫刻‐霊夢托胎(左)‐

次は、コルカタ・インド博物館(Kolkata・Indian Museum)です。

主として、

バールフット(Baruhut)仏塔東側塔門と仏塔の周りを囲んでいた

欄楯(らんじゅん)彫刻を中心に鑑賞しました。

仏塔はBC2C頃にコルカタ郊外に建立され、

1873年に発見されました。

現地にバールフット仏塔の痕跡は残されていないとのことです。

 

 

霊夢托胎(れいむたくたい:画像左側中央)は、

前回説明した

迦八相②:マーヤ夫人の「右脇から6本の牙をもった白い像が体内に入った」という夢を表しています。

残念ながら図録は発行されておらず、

それならばと懸命に目を凝らして観ましたので、画像は貴重な1枚となりました。

 

ハウラーとニューデリー間を往復‐私たちは途中のガヤー駅で下車‐

昼食の後、列車に乗るために駅に向かいました。

画像は、首都ニューデリー(New Delhi)と地方都市を結ぶ路線を走る

急行列車ラジャダニ(Rajadhani Express)号です。

ハウラー(HOWRAH)駅 16:55発

ガヤー(GAYA)駅22:17着・下車

 

                                                                                                                                                                                                          

暖房なしの車内では、毛布と温かい紅茶がうれしい‐お湯の入ったポットとティーバッグ‐

冬のインドは寒い!毛布を巻いてひとしきりおしゃべりした後は、スマホやタブレットでゲームを楽しむ…

約5時間半の乗車時間です。

インド訪問200回以上というベテラン添乗員氏の

「なんと、定刻よりも10分も早く着いた」という驚きの声に、

インド鉄道の運行状況が見えてきました。

数時間の遅れから、

旅程の変更を余儀なくされるということも少なくないとか…。

 

 

 

駅を出て直ぐ専用バスに乗り、隣町のブッダガヤー(Buddhagaya)まで40分。

今夜のホテルに到着(23:40)。

 

歓迎の花輪(マリーゴールド)とウェルカムフルーツ‐今が旬のモンキーバナナとみかん‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日の予定を確認です。

3日目(19日・水)は、

一日をかけて釈迦八相で示されている「⑥ご成道(ごじょうどう:悟りをひらく)」の地ブッダガヤーを参拝します。

ノートを何度か読み返し、確認…。

 

*日本寺→スジャータ村・スジャータ寺→苦行林(くぎょうりん)→尼蓮禅河(にれんぜんが)→ブッダガヤー大聖堂

*昼食

*象頭山(ぞうずせん)遥拝→前正覚山(ぜんしょうかくざん)・留影窟(りゅうえいくつ)参拝

明日は、歩くことが多くなりそうです。

おやすみなさい!

 

※1女神カーリー(Kali) :ヒンドゥー教は、多神教。大きく分けると、①宇宙の寿命がつきるときに世界の破壊を司るシヴァ神(Shiva)、②宇宙を維持するヴィシュニュ神(Vishnu) 、③宇宙を創造するブラフマー神(Brahma)の三神となる。女神カーリー(Kali)は、シヴァ神(Shiva)の妻。

※2「死を待つ人の家」:マザー・テレサがインド国籍を取得(1950)した後に、「清い心の家(NIRMAL HRIDAY/ニルマル ヒルダイ:サンスクリット語)」を開設した。この取り組みを、ヨーロッパのジャーナリストが「死を待つ人の家(HOME FOR THE SICK AND DYING DESTITUTES) 」として各国に発信したところから、世界中に知られるようになった。この他にも、児童や障がい者のため施設を運営している。マザーは指導的立場にある修道女に対する敬称、テレサは修道名。本名は、アグネス・ゴンジャ・ボヤシュ(Agnes Gonxhe Bojaxhiu/意味:花のつぼみ/マケドニア生まれ)。1928年にインドに派遣され、コルカタ聖マリア高等学校で地理を教え校長としても奉職(1929‐1948)した。

※3:ジャイナ教の起源は仏教と同時代(B.C5世紀頃)であるが、その徹底したアヒンサー主義から国外に広がることはなく、教徒のほとんどはインド国内である。また、結婚もジャイナ教徒間のみでなされる。

 

 


この記事へのコメント

  1. ピアのっこさん より:

    シッポさん
    貴重な旅行記を読ませていただき
    ありがとうございます。
    ピアのっこさんは、最近、考えます。
    とにかく一生懸命に、子どもたちにも、大人にも
    接し続けようと・・・。
    そうすることで自分自身に喜びが感じられますよね。

    我が家は、浄土真宗です。
    シッポさんの旅行記を読むことにより、
    仏教について、学ぶことができて
    感謝しています。

    今、ピアのっこさんが、口ずさんでいる
    うたを紹介して、今日のコメントは
    終わろうと思います。

    「なかよしの木」
          工藤 直子 詞/新沢 としひこ 曲

    かぜに なって そよそよ きのそばにいこう
    はっぱをゆらし こえだをくすぐり 
    きのみきを なでてみよう
    こんにちは こんにちは ともだちになろうね

    • シッポさん より:

      ピアのっこさん

      「とにかく一生懸命に、子どもたちにも、大人にも
      接し続けようと・・・。」
      それが、「喜び」になるというのは、本当に本当にそうですね。

      「なかよしの木」の「かぜに なって そよそよ…」の部分に、
      インドで出会ったチベット仏教僧侶のお一人が
      「仏のみ心は風のように私たちの周りに吹いている。」とおっしゃっていたのを思い出しました。
      お互いにチベットなまり?日本語なまり!の英語で、また、立ち話し程度ではあったのですが印象に残っています。
      後は、私たちが「ともだちになろうね」という気持ちを忘れないことでしょう、きっと。

      浄土真宗は座禅(禅宗)なし、写経(般若心経を移す/般若:知恵/心経:禅宗の異称、仏典の一つで262文字から成る)なしですが、
      今日、宗派に関係なく、また、無神論者でも、必要に応じて座禅もすれば写経もする、念仏を唱えるという人は少なくありません…。

      人は、それが人であろうがなかろうが、自分以外の「なにもの」かにすがりたいと思うこともある存在だと思います。

      改めて、「ともだちになろうね」の意味の重さを感じています。

      いつも、こころ温まるコメントをありがとうございます。

      • シッポさん より:

        しゅんりんちゃん

        写真の腕!?を褒められたのは、本当に本当に初めてのことなので木に登っちゃいます…!

        レンズを通して見る映像は、自分の感じたものと出来上がったものとが異なることが多いので戸惑うばかりですが。

        さて、ピアのっこさんへの返信にも目を通してくださっての、コメントに感謝です。

        日本では「宗教」にマイナスのイメージが付いてしまうような事件もありましたね。
        また、まだまだ弱音を吐く人についてもマイナス点を与える風潮があります。
        でも、入試の前には、例えば、空港に合格祈願の絵馬が設置されたりするなど、すがることは日常化しています。
        また、手を合わせることも日常生活の一部です。
        それらは、その根底に神道や仏教の教えがあるのですから「なにもの」かにすがっている=支えられている訳で…。

        もう少し弱い自分を認めてもいいのではないか、と思うようになりました。

        さて、写経一式をお持ちとか。
        探し出して、写・経されるのもいいですね。
        見つかりますように…。

        いつも丁寧なコメントをありがとうございます。

  2. しゅんりんちゃん より:

    シッポさん、「インド・ネパール旅行記」③
    拝見いたしました。
    ありがとうございます。

    たくさんの写真を撮ってこられたのでしょうね。
    とてもきれいですね。
    カメラマンシッポさんの腕の良さですね。

    吸い込まれそうな空の青さが印象的です。
    実際はもっともっと言い表せない青さなのだと思えます。

    写真から「百聞は一見にしかず」の気分です。

    人は自分以外の「なにもの」かにすがりたいと思うこともある存在…そうですね。

    先祖に守られていたり、今この時も誰かに無意識の内に
    すがっている…と感じることも多々ありますね。

    少しそんなことを考えてみてもいいのでは…と
    シッポさんの旅行記を読ませていただきながら
    思います。

    今、うちには仏壇がなく、手を合わせることも限られて
    います。
    ですから、できるだけお墓参りをと思っておりますし、
    またはお墓の方向に手を合わせてみたりなんて
    しています。

    「すがっている」のでしょうね。
    そしてその行為を自分の安心材料にしているのかも
    しれませんが…。

    あっ、写経一式たしか…買ってます!
    どこに…?
    探してみることにします。

  3. ピアのっこさん より:

    シッポさん
    しゅんりんちゃん 

     私の大好きな詩を思い出しました。

      念ずれば
      花ひらく

     苦しいとき
     母がいつも口にしていた
     このことばを
     わたしもいつのころからか
     となえるようになった
     そうしてそのたび
     わたしの花がふしぎと
     ひとつひとつ 
     ひらいていった
     
    日々の生活に、心が折れそうに 
    なる時もありますが、
    そんな時は、部屋の箪笥の上に置いている
    坂村真民の詩集を
    手にとって、開いてみるのです。

    と、まあ、かっこよく書いてみましたが
    実は、箪笥の上に置いている本は
    雪崩のように落ちそうになる時もあるのです。
    注意しよう。少し、片付けてみよう。

    だって、まだまだ、寒いけれど
    少しずつ、春が近づいていますものね。

    • シッポさん より:

      ピアのっこさん

      念ずれば
      花ひらく

      お母様が大切になさっていることばを、
      自分のものとして生きることができるって、「絆」そのものですね。

      もうお亡くなりになりましたが、
      I先生が「坂村真民先生に国語をお習いしたことがあるのよ…」とおっしゃっていたことがあります。
      I先生が女学生のときのことのようでした…。
      それをお聞きして、
      真民さんが詩集のなかの詩人から日常を生きる人でもあるのだと、
      いっそう親しみを感じたことでした。

      真民さんは一遍上人を尊敬していらしたようですね。
      一遍上人といえば、
      浄土真宗から距離を置くようになって「時宗」を開いた鎌倉時代の人…。

      「仏教」は広義にはブッダの教えを信じるという立場です。
      でも、その信じるということが狭義に語られるようになると、
      とたんに人間的な!?固執や対立があるようです。

      さて、シッポさんの好きなことばです。
      二つあります。
      「いま私たちに求められるのは、ほんの少しの勇気です。」(マキシミリアノ・コルベ)
      「暮らしは低く、思いは高く(Plain living, Hight thinking.)」(父と母の生活信条)

      昨日(9日)は、初午。お稲荷さんのお祭り日でした。
      春は近いですね。

  4. しゅんりんちゃん より:

    シッポさん

    シッポさんのブログでほっと・HOTさせられること
    しばしばです。

    ピアのっこさんにもお話しの中に入れていただきました。

    ピアのっこさん、ありがとうございます。

        念ずれば
        花ひらく

    やさしく聞こえる言葉ですが、奥にはきびしさも
    感じます。

    お母様が口にしておられたこの言葉が
    今ではピアのっこさんの心の中に…。

    ちなみに、うちの母も言ってました。

        なせば成る  とか

    この言葉にすがっているときもありますね。
    ありがたいと思います。

    シッポさん、写・経はまだ奥の院(#^.^#)です。
    思い出させてもらった今がチャンスですね。 

    • シッポさん より:

      しゅんりんちゃん

      青春と戦争が重なり戦後も苦労をしてきた人から、
      「好きなことばは?」と聞かれ、
      答えると、
      「『いま私たちに求められるのは、ほんの少しの勇気です。』にしても、
      『暮らしは低く、思いは高く』」にしても、平和な時代しか知らん者がいうこと…」
      と返ってきたことがあります。

      ことばはそれを受け取る側のものでもあるのですから、
      自分が口にしたことばを否定されたように感じる必要はありません。
      むしろ、その人のこれまでの苦労を垣間見たような気がしました。

      ブッダの知恵あることばである般若心経も、
      それを受け取るひとりひとりによって異なるのでしょう…か。

      しゅんりんちゃんもピアのっこさんもシッポさんも、
      「絆」を感じることのできることばがあってうれしいことです。

      もうすぐ、ほっと・HOTな春ですね。

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