「しっぽのないシッポさん」のブログ

インド・ネパール旅行記④‐ご成道の地を歩いて・その1‐


本堂には仏壇が飾られ、また、鐘楼も設置されている旅行3日目(2012.12.19・水)。今日は一日をかけて、釈迦八相で示されている⑥「ご成道(ごじょうどう)」の地ブッダガヤー(Buddhagaya)※1を回ります。ブッダガヤーは出家したシャカ族の王子シッダールタ(Shddhartha:後のBuddhaブッダ)が、畢波羅(ぴっぱら)の樹※2の下で悟りを開いた地です。また、仏教紀元2500年の1956年に、インド政府によって「仏教による世界平和の本拠地」として宣言された地でもあります。 朝食後、ホテル出発(8:08)。徒歩2分。道をはさんでホテルの左斜め前にある印度山日本寺(International Buddhist House)に到着です。日本寺が運営する「ぼだいじゅがくえん」

インド政府の「仏教による世界平和の本拠地」宣言を受け、

1968(昭和43)年に、

日本国内でも宗派や信仰形態の違いを超えて財団が設立されました。

印度山日本寺は、

ミャンマー寺・スリランカ寺・中国寺・チベット寺・タイ寺に次いで

6番目に落成(1973年)したものです。

仏恩報謝を実践するために運営されており、

ブッダガヤー振興への尽力、

困窮している現地住民へのサポート-宗教福祉事業-、

また、邦人旅行者の保護活動なども展開しています。

本堂・鐘楼の他に、

無料の幼児保育施設(3~6歳児)である「菩提樹学園」や

治療費・薬代が無料の「光明施療院」(病院)もあり、

いずれも地元の貧しい人々を優先して入所や診療をしています。

 光明(こうみょう)の二文字から、

仏教をあつく信じ悲田院・施薬院(730年)を創設し慈善を行った、

光明皇后(701年~760年)にちなんだものであることが分かります。

光明施療院には付設の図書館もあり仏教関連図書も充実しており、

仏教研究機関も設置されています。 

 

印度山日本寺本堂にて-布袍・輪袈裟とお数珠の略正装(左)と輪袈裟とお数珠の略装(右)-

本研修旅行で最初の「参拝」です。

本堂で、「重誓偈(じゅうせいげ)」※3のお勤めです。

ひとりひとりの丹田(たんでん:下腹)から発せられる

総勢46名の声明(しょうみょう)※4は、

勤行集(ごんぎょうしゅう)を手にして、

声を合わせてゆこうとしている私を的確に導いてくれました。

 

 

 

その後、

専用バスで、

スジャータ(Sujata)村※5へ移動し、

田のあぜ道を歩きスジャータ寺、苦行林(Uruvilva)へ。

 

壁の丸いものは牛糞燃料-ワラを混ぜ込んで手で成形する-

途中 、牛糞にワラを混ぜ込み丸く形成し、

家の壁などに掌で押しつけるように

貼り付けている作業を目にしました。

臭いは全くありません。

乾いた後は、固形燃料として用いられます。

また、その煙は蚊取線香のようにも利用されるとか。

今日、声高に叫ばれているエコロジーな利用術がここにあります。

学ぶべきは、私たちの方かもしれません。

 

前正覚山-数千年前からの変わらぬ姿-

ここがシッダールタも修行した苦行林であったと

示された広い草地の向こうには、

昼食後に参拝する

前正覚山(ぜんしょうがくざん)※6が遥かに望めました。

私もシッダールタが目にした景色を見ているのだと思うと、

大自然のなかでの時間の流れの雄大さに感謝したことでした。

 

 

 

乾季(9~2月)のため、水量は少ない

さて、29歳で出家したシッダールタは、

肉体を苦しめるだけでは病・老・死の悩みを解く道は得られないと、

6年間の苦行を捨てます。

尼連禅河(にれんぜんが/ナイランジャナー:Nairanjana川)で沐浴し、

アシュヴァッタ(asvattha)樹※7の下に座していると、

村娘スジャータ(Sujata)が森の神に供える乳粥を手に通りかかりました。

それを捧げられたシッダールタは、

苦行で痛めつけられていた体を回復しました。

シッダールタが口にした乳粥は、

米(インディカ米)を水牛の乳で炊き上げ、

砂糖で甘みをつけたものです。

これらの食材は、インドでは昔も今も贅沢なものです。

村娘スジャータは、

豊かな暮らしのできる階層に属していたということが分かります。

私たちは、スジャータ寺を訪ねてから尼連禅河へ移動しました。

乾季ということもあり水は多くはありません。

私が目にしたその流れは、

苦行で生死の境を彷徨ったシッダールタが、

その身を浸したときと同じものではなかろうかと思われるやさしいものでした。

 

いよいよ、ブッダガヤー大精堂です。

偉大なシッダールタが悟りを開いたことから、マハボーディー/Mahabodhi大寺院とも呼ばれています。

畢波羅(菩提)樹の下、欄楯(縦横の柵)のなかに金剛宝座がある

尼連禅河で身を清めスジャータ村で心身を整えたシッダールタは、

畢波羅樹(ぴっぱらじゅ)の下に座し

暁の明星がきらめく12月8日

ついにご成道(悟り)を得ました(35歳)。

その場所は、金剛宝座(こんごうほうざ)として祭られています。

BC3年にアショーカ王(古代インドを統一したマガダ国の王)によって、

小さな精舎が建てられました。

それ以来、聖地として拡張・修復が繰り返され、

7Cに大寺院が建てられました。

それが、大精堂です。

 

しかし、その後イスラム教との衝突によりインド仏教は衰退し、15Cに廃墟と化しました。

 

まさしく、大塔-ピラミッド型-

 

現在の大精堂(大塔:50m)は、

19Cの末にミャンマーの仏教徒が大改修に着手してからのことです

 

 

 

 

 

 

 

 

略正装ではあっても、祈りの心は真摯そのもの

 

その下でシッダールタが悟りブッダ(覚者)となったことから、

聖樹・菩提樹と呼ばれるようになった畢波羅樹を仰ぎ見ながら、

参拝の準備です。

畢波羅樹の下、

金剛宝座の前でのお勤めは、「正信偈(しょうしんげ)」※8です。

朗々と響く声明は、

ここがその場所であるのだということを、

改めて感じさせてくれました。

ここでも、履きものを脱いで略正装です。

薄い敷物はありましたが、

下は石ですから正座は冷たくもあり痛くもあります。

正座に慣れていない若い学院生には大変かもしれません。

しかし、28日の解散のその日まで、

誰も膝を崩す人はいませんでした。

学院生ではない私は声明についてゆきながらも、

迷惑をかけない範囲という条件でカメラを片手にしています。

もちろん、団長先生にお認めいただいてのものです。

少し趣の異なる画像が撮れたかもしれません…。

午前中の、

印度山日本寺→スジャータ村・スジャータ寺→苦行林→尼蓮禅河→ブッダガヤー大聖堂までの参拝は終わりました。

午後は昼食の後、

象頭山(ぞうずせん)遥拝→前正覚山(ぜんしょうかくざん)・留影窟(りゅうえいくつ)参拝です。

 

次回、インド・ネパール旅行記⑤‐ご成道の地を歩いて・その2‐としてアップします。

 

※1ブッダガヤー(Buddhagaya):ウルヴィルヴァー(Uruvilva)村が、ブッダが悟りを開いて後にブッダガヤーと呼ばれるようになった。

※2畢波羅(ぴっぱら)樹:ブッダが悟りを開いたことから、菩提樹と呼ばれる。䈎は心臓型をしている。ドイツのリンデンバーム(菩提樹)は洋種同属。

※3重誓偈(じゅうせいげ):偈とは、漢文のこと。修行中のシッダールタ(ブッダ)が生きとし生けるものを救うとして48の願いを打ち立て、それが叶えられなければ仏にならないと重ねて誓ったところから。

※4声明(しょうみょう):仏教の儀式・法要で僧の唱える仏教声楽の総称。狭義には、「お経」。

※5スジャータ村:村の名前はセーラ。スジャータの逸話からそのように呼ばれるようになった。

※6前正覚山:シッダールタ(ブッダ)が悟りを得る前に修行のために登った山。

※7アシュヴァッタ(asvattha)樹:イチジクの樹

※8正信偈:偈とは、漢文のこと。浄土真宗の根本聖教である「教行信証」を、讃歌として要約したもの。

 


この記事へのコメント

  1. しゅんりんちゃん より:

    シッポさん 

    インド・ネパール旅行記も④ですね。
    読ませていただきました。
    ありがとうございます。

    今回の中で印象的だったことを2つ。

    1つ目は、シッダルタの苦行林の先に見える

    「前正覚山」の景色です。

    やっぱり、「シッポキャメラマンの腕」ですね!

    三角の山のみが見え、おおらかさも厳しさも

    感じるようです。

    ふと、伊万里焼の里の山も鋭く聳え立った形を

    していたのを思い出しました。

    苦しい、厳しい纏わる話も聞きましたが、

    人の修行はこんな景色の背景も

    つながっているのでしょうか…。

    そして2つ目は、申し訳ないくらい単純な感想です。

    「金剛宝座」の前でのお勤めでの「正座」です。

    「痛そう!(#^.^#)。5分も持たない!」

    到底、修行には向きませんね(笑)

    こんなコメントばかりですが、未知の国にちょっと

    行った気分になっています。

    引き続きよろしくお願いいたします。

    • シッポさん より:

      しゅんりんちゃん

      「 … 腕ですね。」なんて言われて、喜んでいます。
      またまた、登っちゃっていますが…。

      修業なるものをしたことのない私ですが、大自然のなかでのそれは大変だと思います。
      ましてや、紀元前なんて…。
      その時代、大自然は愛でるものというよりは生き抜くための戦いの場だったのかもしれません。

      でも、厳しい修業が必要だった時代に、自己修養によって「救われる」としたブッダはやはり革新的な人ですね。
      自分を否定せず受け入れるという考え方は、臨床心理学においても重要な知見です…。
      私としては、そんなこんなで興味を持ったというのが正解でしょうか?

      さて、正座ですが。
      若い人の柔らかい足の裏をみているとこれでは歩くのも座るのも大変だろうなあ、と思わずシャッターを切りました。
      でも、その分、感性も柔らかいのではないかしら…と羨ましくもあり、です。

      痺れる足・痺れた足との付き合い方も、若い人なりにだんだん覚えてこられたのでしょうね。

      今日、友人にチョコ&クリーム入りクレープをいただきました。
      その美味しさに、しゅんりんちゃんのコメントの優しさを思い出しました。

      「読むのがけっこう大変!」ですのに、いつも目を通して&コメントをくださってありがとうございます。

  2. ピアのっこさん より:

    シッポさん、
    読書量の少ない私は、
    このブログを読むことによって
    「読む力」と「考える力」がついてきます。
    もちろん、頭の柔軟性もアップします。
    あっぷあっぷしないように
    しっかり、読んでいきます。
    よろしくお願いいたします!

    • シッポさん より:

      ピアのっこさん

      う~ん、お勉強なピアのっこさん…。

      シッポさんがアップすると「頭の柔軟性もアップ」して「あっぷあっぷ」しないように…なんて。
      こんな素敵なことば遊びに、谷川俊太郎氏もビックリ!のはず。

      画像の説明文になっているようで…反省です。
      でも、いろいろやってみまあす。
      私もアップにあっぷあっぷしないように、しっかり書いていきます。
      よろしくお願いいたします!

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